東福寺日記

カイソウ録 其之五 「八百万の間」(キッチン)

キッチンの改修は、悪夢だった。

ゴキブリとネズミとヤモリの饗宴の後始末。

 

昭和年間に張られたベニヤの天井を落とすと(昭和の建築には遺すべきところが何もない)、もうもうと舞い上がった煤埃の先に、真っ黒な梁が見えた。

 

母の東福寺譚によれば、台所にはおくどさん(竈)があり、薪を使って料理していたとのこと。

 

煤けた梁の風合いをそのまま活かすことにした。

キッチンは、食事を行う場所だ。

「アンティーク風」「レトロ調」は結構だが、古い&汚い&不潔はいただけない。

高圧洗浄機で徹底的に消毒洗浄した。

消毒薬の臭いが数軒先まで及び、何事かと騒がれた。

 

消毒薬をタンクに充填し壁に打ち付けると、真っ黒な汚水がブルーシートに飛び散った。

思いがけずインスピレーションを得て、壁紙に投影した。

 

ブラジルにサン・ルイスという街がある。

奴隷貿易でボロ儲けしたポルトガル商人が、当時高級品であったタイルを買い求め、富の象徴として、こぞって住居の壁に敷設した。

 

あこぎな商売で贅を凝らした街だ。

時は移り、かつての街区は半ば廃墟となり、整備されることもなく、現在も人が住んでいる。

 

観光地として整えられた区画は、かつての偉容を誇っているが、一本路地裏に入ると、店舗にはシャッターが下ろされ、暗がりに危険が息を潜めている。

 

それでも、歴史情緒ある街並みは美しかった。

安宿を取り、街をくまなく散策した。

 

通りの向こうから銃声が聞こえた。

「スマホを見せて歩くな」と一喝された。

一人旅は、常に命の危険と隣り合わせだ。

 

水場である台所には、タイルが最適だ。

「サン・ルイス風」というコンセプトが早々に浮かんだ。

 

東福寺の台所は床下が低いため、水はけが悪く、湿気がこもってしまう。

湿気は、床を腐らせ、害虫の住処となる。

厄介なのは、白アリだ。床から柱を食い荒らし、やがて家屋を倒壊させる。

 

そうならない策を講じなければならない。

 

アメリカの知り合いの家のキッチンの床は、タイル張りだった。

居候していた僕は、彼女が出社した後、よくモップ拭きした。

タイルの床は頑丈で、いつも清潔だった。

 

東福寺のキッチンの床にも、タイルを敷くことにした。

在来の日本建築には無い工法だ。

 

まず、コンクリートのベタ基礎を打った。

意図をはき違えた設備屋が、ラーメン屋よろしく床下に排水管を敷いたのには苦笑した。

昭和期に塗られたコンクリートの味気ない壁に、壁土を塗り、上から白漆喰を塗り、更に灰色、黒と漆喰を塗り重ねた後、粘着テープとサンダーでダメージ加工を施し、朽ちた風合いの壁を作り上げた。

モザイクタイルのアーティストといえば、グスタフ・クリムトが思い浮かぶ。

美意識にシンパシーを感じ、クリムト作『生命の樹』の壁紙を貼った。

 

画の上部に神棚を設け、大黒天を祀った。

さながら「神々のトゥリーハウス」といったところ。

 

時を超えた天才とのコラボ。

ラフスケッチであったクリムトの画は、『神々の樹』としてここに完成を見た。

洗い上がり跡の残る側面の壁には、古代エジプトのファラオとホルス神、ミュシャの「春の女神」と「秋の女神」のレリーフ、ネイティブアメリカンの太陽神を配した。あたかも「神々のマンション」といった様相。

 

世界中の神々が集い、賑やかに酒を酌み交わすことを願う。

”美と醜”

”東と西”

対極の出会い。混沌として禅。

 

更に、クリムトの手法を模して、陰のテーマを潜ませている。

 

コンセントカバーの絵柄は、一見ブーケ(花束)のようだが、よく見ると髑髏である。

 

人間は、死すべき宿命にある故、神を崇める。

神聖が際立つほど、死が鮮明になる。

死が意識されるほど、生が輝く。

梁には、「再生」の象徴である帆立貝のレリーフ。

 

”memento mori ”

 

キッチンは、生命の循環の舞台だ。

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