東福寺日記

カイソウ録 其之七 「風呂」

風呂には、なぜか扉が二つあった。

片方は外側に開く仕様で、洗い場で湯をかぶれば、外の部屋が水浸しになる。

案の定、足元の床が腐っていた。

 

湯の配管は、壁向こうの台所を遠慮なく横切り、小動物の糞尿にまみれ、見るもおぞましかった。

 

おまけに、湯管と水管の接続が逆だった。

うっかり開けば、冷水か熱湯を被る。

言語道断の施工不良。

 

古臭い玉砂利風タイルの足元は冷たく、滑りやすく、不潔で汚らしく、五右衛門風呂を解体して設置した湯船は狭く、安物のタイル地は風情の欠片もなく、隙間風の入る風呂場は冬は寒く、うす暗く不気味で、気が休まりもしなければ、癒されもしない。

 

浸かるのが嫌で、外湯に出掛けた。

 

 

そんな惨状であったので、ぶち壊すのに何のためらいもなかった。

 

天井を引きはがし、壁を抜き、床を壊し、ユニットバスをはめた。

風呂が完成するまでの半年間、庭のホースで行水した。

 

夜更けの庭先でパンツ一丁になり、人目を忍んで蚊に食われながら水浴びをする。

 

多分ご近所さんは、見てみぬふりをしてくれたのだろう。

頭のおかしい坊主と関わり合いたくないというところが本音かしらん。

 

パックパッカーは、安宿が常宿。

格安ホテルでは、冷水シャワーなどざらである。

温水が出るなら、御の字。

湯船に浸かれようものなら、もう天国だ。

 

新設の風呂には、旅先での極楽気分を追体験できる趣向を凝らした。

天井には、蔦植物の壁紙。

 

壁面のスベイン製タイルは、ダウンライトに陰影が浮き上がり、訪れる者の記憶に深く刻み込まれる。

 

イギリス王家ご用達のcole&sonの洒脱な壁紙。

動物たちの好奇の目に覗かれながら、我もまた裸になる。

 

脱いだ衣類は、鹿が角を貸してくれる。

キッチンからの灯りが、ステンドグラス超しに煌く。

 

森の奥の秘湯の心地。

 

木漏れ日の下、一人ゆっくりと湯船に安らぐ至福の時。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP