東福寺日記

カイソウ録 其之十 「阿弥利他庭」 (中庭)

赴任当初、中庭はジャングルだった。

 

伸び放題の雑林を伐採していくと、石灯篭が現れた。

池を掘り、山を築いた。

 

雑草を抜き、防草シートを貼り、土を盛り、植苔した。

雨どいから雨水が注ぎ込む仕掛けの鹿威しを作った。

 

鹿威しの口には、ウインドチャイムを括り付けた。

鹿威しが石を打つ時、ウインドチャイムが鳴り響き、竹口から植木鉢に水が注がれる。

 

鉢からの雫が、古信楽の壺に滴り落ち、水音を反響させる。

 

カラクリ水琴窟である。

 

1998年、ブータンの聖山チョモラリに拝した時のこと。

 

海抜6000メートルの高山病に喘ぎながら見上げたヒマラヤの空は、真っ暗だった。

 

まるで宇宙を覗き込んだような漆黒。

 

虚空の直下、ヒマラヤの大雪山が、白く神々しく輝いていた。

 

極限状態で仰ぎ見たヒマラヤの大雪山と紺碧の空、瞳に焼き付いたシャンバラを、中庭のブロック塀に描いた。

中央に配した五本の石柱は、阿弥陀如来の右手である。

 

氷山もしくは滝に見立てられた仏の掌から流れ出した仏法が清流となり、琵琶湖を模した池に流れ込み、蓮が花開く。

 

東漸二千五百年。

 

仏教がヒマラヤを超え、遥か西方から東福寺まで到達したことに思いを馳せ、胸が熱くなる。

雨の日には水琴窟の水音を楽しみ、竹風鈴の音色に風を楽しむ。

 

 

縁側に腰を降ろせば、見えるのは空ばかり。

 

時間が滔々と流れ、自ずと瞑想状態に誘われる。

気が付けば、日没が迫っている。

 

夕刻は、阿弥利他庭が最も美しく、光に満ち溢れる時間帯。

 

差し込む西日に乗って、阿弥陀如来が来迎する。

夜には、梢から恵みの甘露「アムリタ」が降り注ぐ。

 

月灯りの下、静かに呼吸を整えれば、我身即ち宇宙と観じる。

秋は紅葉。冬は山茶花が鮮やかな朱色に庭を彩り、如月には梅、盛春には一面の芝桜が咲き誇る。

 

生命が巡り巡る。

 

 

 

庭に、一つの謎掛けを仕込んだ。

敢えて明記はしない。自分で見つけ、瞑想家のメッセージを観じ取ってほしい。

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