東福寺日記

カイソウ録 其之十二 「木蓮」

中国・蘇州。

 

日が落ちると、明かりが灯された運河沿いに、魅惑的な歴史慕情が艶やかに浮かび上がる。

まるで、中華王朝の麗人の霊魂が、月夜に見る甘美な夢。

 

 

誘われるまま歩み入った路地裏に、その古飯店(ホテル)は在った。

 

覗き込んだ玄関ホールに人の気配はなく、仄かに照らされた室内、アンティーク家具が品良く据えられている。

 

天井は高く、光は届かない。

暗闇の中、何かが潜んでいるように感じられるのは、伝説の魔物・饕餮か。

 

 

いつかまた訪れた時、幻のホテルは変わらずに佇んでいるだろうか。

たとえ春の夜の夢の如く掻き消えたとして、数百年後また旅人が路地の奥で迷い込むだろう。

 

 

三国伝来。

 

日本仏教を語るうえで、中国を素通りすること能わず。

 

中華風の部屋を作ろうと思い立った時、蘇州で見た夢幻の古飯店の部屋が浮かんだ。

 

宿泊こそ叶わなかったが、不思議とイメージは明確。

 

時代は、17世紀半ば~18世紀。

東洋と西洋が交錯し、新しい文化が花開いた時代「シノワズリ」。

 

北方民族柄の赤絨毯に、チッペンデールスタイルの椅子を置くことは既定であった。

天井板の隙間が、ガムテ―プで目張りされていた。

屋根裏から落ちてくる“あるもの”を防ぐためだ。

何かは、もう言うまでもない。

 

汚らしいガムテープを削り取り、鼠に食い破られた壁板をはがし、床を張り替え、天井を塗り直した。

 

大寒中の作業で、身体が芯まで冷え、体調を崩し二カ月間寝込んだ。

春になり、ようやく身体が動くようになって、作業を再開した。

ネットで購入した建具を洗い、修復し、漆を塗り、障子紙を貼った。

 

木蓮の壁紙を貼り、新潟の倉庫で掘り出した天井飾りを取り付けた。

小道具屋で衣桁を調達し、カーテンをオーダーメイドし、玄関からの目隠しとなる几帳をこしらえた。

繁栄と栄華は、常に征服者たちの歴史である。

 

大スペクタルに栄枯盛衰を繰り返す中国歴代王朝。

女真族の征服下で華開いた清王朝。

アヘン戦争から続く西欧列強による植民地時代。

 

古代より続く支配・被支配の世界史。

 

 

シノワズリに見られる、遠い異国への未知と好奇こそ、双方に幸せな時代であるのかもしれない。

 

 

几帳が平安時代からの風をはらみ、涼しげに戦(そよ)ぐ。

 

強者どもの春の夢。

浮世の盛衰、風の前の塵に同じ。

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