東福寺日記

カイソウ録 其之十三 「夢路」

本堂裏の廊下は、物置である。

昭和年間に増築された。

 

着任当初、布団が積み上げられ、古道具類が埃をかぶり、鼠に荒らされ、風通しも悪く、陽も届かず、狭く暗く汚く、妖気漂う薄気味悪い廊下だった。

 

清掃を依頼した業者が怖がって逃げ出した。

 

鼠の糞尿に汚された五十組の布団と座布団を処分、古いアイロンやら障子紙の切れ端やら、ブリキ缶やら、なんだか分からない諸々の残骸を始末し、雨漏り染みが浮いたブヨブヨの天井板をはがし、押し入れを解体し、全体を高圧洗浄機で徹底洗浄し、床を張り替え、床下通気口を設けた。

 

真冬の大掃除は過酷。

水拭きした床が凍り付き、手がかじかみ、薄氷のメンタルを木っ端みじんに打ち砕いた。

 

体調を崩して寝込み、回復まで半年費やした。

日差しが暖かくなり、解体された廊下に春風が吹き込むと、滞っていた妖気も一掃された。

両側に舞良戸を並べるのは、母のアイデア。
母の生まれ育った高野山福智院の廊下の両側は、舞良戸が並ぶ布団部屋だった。

保育園でも目にしそうな色鮮やかな壁紙は、竹久夢二「宵待草」のデザイン。

絵柄に合わせて裁断し、上部に暮空を思わせる紫を塗った。

 

漆喰をローラーで塗る技法は、自身で編み出した。

職人に任すより、時間と費用がはるかに節約できる上、仕上がりも悪くない。

 

河川敷から遠く琵琶湖を望む夕景を屋内に取り込んだ。

 

物置には、家の歴史が詰まっている。

 

骨董品屋の様相もある。

 

子供心に怖しかった古道具類。

おっかな吃驚で潜入した蔵。

 

幼き日の記憶が蘇ってくる。

夢二に誘われるように廊下を進むと、可憐なステンドグラスの扉に突き当たる。

壁に見られるのは、ゴッホの桜。

彼の日本への憧憬。

 

戸袋には、若冲の鳳凰図。

薄明かりの下、雲母が光を反射し、羽毛が輝いて見える。

若冲の極楽浄土への憧れ。

押入れを兼ねた二段ベッドを置いた。

 

想い、描く夢が、幸せであることを願う。

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