リクレーション・イベント

【梵天座】act.V 『Malena』-boys only- 2025年8月10日(日)日没 @東福寺(滋賀県彦根市高宮町2838-8)

鑑賞後、動けなくなる映画にどれほど巡り合えるだろうか。

それは、感情の処理が追いつかないからであり、圧倒的な時間の濃度に際し、どんな批評も感想も、薄っぺらく感じてしまうからである。

 

男のみでの開催となった、五度目の梵天座。

選定条件は、「男映画」。「戦争映画」枠で推挙されたのは、全ての男子の憧れの女性『マレーナ』。

 

監督は、名監督「ジュゼッペ・トルナトーレ」。

舞台は、二十世紀初頭。イタリアは、ファシスト党の独裁政権のもと、枢軸国の一員として宣戦。

地中海に浮かぶシチリア島もまた、世界情勢に飲まれていく。

 

マレーナ演じるは、イタリアの恋人「モニカ・ベルッチ」。

戦争は、彼女が穏やかに暮らすことを許さなかった。

 

まずは、カメラワークが素晴らしい。

街行く人々の間を練って、噂が飛び交う。

 

やがて人々の視線は、伏し目がちに歩くマレーナの美しい肢体に吸い寄せられていく。

白い肌の上を、女達の嫉妬と男達の欲情が交叉する。

 

少年の心と身体は、初めて覚える疼きに正直だ。

思春期のレナートには、突き上げる衝動に抗いようもない。

 

物語は、激しさを増す戦争と、少年の妄想の境を行き来しながら、展開していく。

 

鑑賞後、彼女の罪は何だったのか?を、考え込まずにはいられなかった。

 

もし有るならば、それは“美”しかったこと。

彼女の神々しいまでの美しさが、人々の心の平静を掻き乱し、奥底に潜む醜さを曝し、残虐さを浮き彫りにした。

引き摺り倒され、衣服を剥がれ、吊るし上げられ血を流す彼女は、キリストなのだ。

 

ならば、罪は、我々の側に在る。

 

物語の終焉、町の人と彼女が交わす挨拶を、万感の思いで観る。

 

それは、赦しであった。

 

彼女は赦し、人々は救われた。

 

 

少年レナートは、戦時を過ごした監督の投影であろう。

同監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』でも、戦争が時代背景となる。

両作に共通して、どこか可笑しさや明るさを感じるのは、監督自身が体験した戦時下のリアルだろう。

暗鬱たる戦争も、シチリアから太陽を奪うことは出来なかった。

 

称賛すべきは、モニカ・ベルッチの演技。

ただ美しいだけでない彼女の存在感は、マレーナそのもので、多くを語らない彼女を演じるに、彼女を置いて他にない。

 

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戦争は、レナート少年の心に傷創を遺した。

月日が流れ、砲火が遠い彼方となろうとも、波が打ち寄せるたびに疼く。

 

セピアの海と空に、鮮やかに白く浮かぶ記憶。

 

他の女のことは忘れても、忘れることのできないたった一人の女性。

 

誰の胸の中にも在る、僕だけのマレーナ。

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