本堂裏の廊下は、物置である。
昭和年間に増築された。
着任当初、布団が積み上げられ、古道具類が埃をかぶり、鼠に荒らされ、風通しも悪く、陽も届かず、狭く暗く汚く、妖気漂う薄気味悪い廊下だった。
清掃を依頼した業者が怖がって逃げ出した。
鼠の糞尿に汚された五十組の布団と座布団を処分、古いアイロンやら障子紙の切れ端やら、ブリキ缶やら、なんだか分からない諸々の残骸を始末し、雨漏り染みが浮いたブヨブヨの天井板をはがし、押し入れを解体し、全体を高圧洗浄機で徹底洗浄し、床を張り替え、床下通気口を設けた。
真冬の大掃除は過酷。
水拭きした床が凍り付き、手がかじかみ、薄氷のメンタルを木っ端みじんに打ち砕いた。
体調を崩して寝込み、回復まで半年費やした。
日差しが暖かくなり、解体された廊下に春風が吹き込むと、滞っていた妖気も一掃された。
両側に舞良戸を並べるのは、母のアイデア。
母の生まれ育った高野山福智院の廊下の両側は、舞良戸が並ぶ布団部屋だった。
保育園でも目にしそうな色鮮やかな壁紙は、竹久夢二「宵待草」のデザイン。
絵柄に合わせて裁断し、上部に暮空を思わせる紫を塗った。
漆喰をローラーで塗る技法は、自身で編み出した。
職人に任すより、時間と費用がはるかに節約できる上、仕上がりも悪くない。
河川敷から遠く琵琶湖を望む夕景を屋内に取り込んだ。
物置には、家の歴史が詰まっている。
骨董品屋の様相もある。
子供心に怖しかった古道具類。
おっかな吃驚で潜入した蔵。
幼き日の記憶が蘇ってくる。
夢二に誘われるように廊下を進むと、可憐なステンドグラスの扉に突き当たる。
壁に見られるのは、ゴッホの桜。
彼の日本への憧憬。
戸袋には、若冲の鳳凰図。
薄明かりの下、雲母が光を反射し、羽毛が輝いて見える。
若冲の極楽浄土への憧れ。
押入れを兼ねた二段ベッドを置いた。
想い、描く夢が、幸せであることを願う。
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