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【梵天座】act. VII『RAIN MAN』2026年1月12日(月)日没 @東福寺(滋賀県彦根市高宮町2838-8)

映画鑑賞の楽しみに二種有り。

 

一つは、細部まで作りこまれた制作者の意図を読み解き、含みのある台詞に痛快な言い回し、緻密に張り巡らされた伏線、難解な隠喩、他作品へのオマージュやパロディなどを隈なく味わい、輝かしい才能と傑出した技能が結実した芸術作品としての世界に没頭する悦び。

 

もう一つは、制作者の意図とは無縁かつ無作為に滲み出てしまった背景を、冷ややか、かつ愛おしく観覧する視点。

 

まず称賛されるのは、アカデミー主演男優賞に輝いたダスティン・ホフマンの名演である。

劇中の彼は、まぎれもなく先天的自閉症である。一見、彼の登場は、父親の車の運転席に断りなく乗り込んだシーンかと思われるが、実は、その少し前、チャーリーが施設を見下ろした窓下から既に演技が始まっている。

それはまるで、ディズニーランドの着ぐるみたちが、本番前の舞台裏で円陣を組んで、互いを鼓舞し合っているのを目撃したかの如き驚嘆を禁じ得ない。

 

全編を通して、自閉症への造詣が深い。

制作者の身内に自閉症患者がいるのか、と勘繰ってしまう。社会の無理解と家族の苦労は、啓発的ですらある。

 

或いは、専門職(施設職員や医師、学者、カウンセラーなど)のスタッフに依るものか。

レイモンドが芝生を直進して、直角に歩道に乗り上げる挙動、神経質に裾上げされたパンツ、胸ポケットに整然と並べられたボールペンなど、自閉症者への洞察はリアリティーを突いている。

 

カメラワークもアカデミー賞を受賞している。

レイモンドが施設から連れ出されるシーンでは、巨大な橋梁が煽りアングルで連写され、メガロフォビアの怖さと慄きをもって、レイモンドの感情が観る側にも伝わってくる。

 

監督賞、脚本賞も受賞している。

一見無意味な自閉症者の言動が、ストーリーへの重要な伏線となっている構成力にも舌を巻く。

 

後続の映画(『恋愛小説家』『アイアム・サム』『マイフレンド・フォレヴァー』『ギルバート・グレイプ』など)に及ぼした影響が大きいことも特記すべきだろう。

 

名画の殿堂入りに異論のない秀作だ。

 

 

もう一つは、節々から“古き良きアメリカ”が感じられる点。

 

無意味にデカい排気量を誇る、足回りがふにゃふにゃのキャデラック。

 

派手なだけの安っぽいラスベガス。

 

チープな壁紙の豪華ホテル。

 

仕立ての悪いオーダースーツ。

 

全編影のない明るさをもったスクリーンに、登場人物は皆、素直な心根を持った善良な好人ばかりである。

 

超大国アメリカの栄光と繁栄。

 

ロスへ向かう列車を見送るチャーリーの目線をおって、映画は幕を下ろす。彼の見つめる未来には、決して解決を見ない不安要素がある。それは図らずも、イノセントな善意を信じれたアメリカが、この先向かう混沌と混乱の時代を暗示しているかのようである。

 

レイモンドは、楽観的アメリカンドリームの影に葬られた負の側面の象徴である、と観るのは少々穿ち過ぎか。

 

どこから見ても画になるが、他に取り柄のない男、トム・クルーズの顔面に惚れて、ラスベガスまでほいほい着いて行ってしまう金髪娘に、一番共感できる。

 

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